当山指定文化財候補…室町時代といわれている土塀

当山指定文化財候補…室町時代といわれている土塀

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 長楽寺は山合いの谷筋にそって点在していました。南西に開けた客殿は、南と西の二方向を石垣を組んでその上に2メートルほどの土塀で囲んでいます。
 檀家によると、室町時代のものだそうです。構造は、日干しレンガをつくり、それを積み上げて土塀にしてあります。(焼きレンガがまだなかったころでしょうね)。歴史年代からいえば、土盛りをしていた時代の次くらいでしょうか。さらに歴史がすすめば、信長塀(土の間に瓦をいれて固めた堅固な塀)などがでてきます。一方では、板塀でつくられたしきりていどの塀(こちらは、意匠をこらしたものとして発展していきますね)などもあります。
 昔のお寺は、祈りや修行をする場であると同時に、戦時の城としての役割も持っていました。長楽寺の土塀もその役割を持っていたものと思われます。(檀家によれば、刀傷もあったとのことです。・・・・台風でしっくいが剥がれ今では残っていません)・・・・今川が桶狭間で敗れたあと、徳川が遠州に攻め込んできたおり、このあたりでは堀川城の戦いがあった。その際に、長楽寺も攻め込まれたほうのようです。
 さて、瓦は、いろんな種類が乗っています。写真は、門と同様の文様ですので、たぶんこれが一番古いもののようです。その変形版、さらに単純な文様もあり、何回も葺きかえられたと思われます。
 現在の土塀は、大きくなったヤマモモの根によって、土が盛り上がってきたせいで、塀に大きな隙間があくようになってしまっています。これも歴史を感じさせるものとして、へたに修復しないでいます。








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